自己紹介:武井 敦子

私の歯科衛生士としてのスタートは30年より前で、この野上歯科医院からです。

現在、一緒に歯科衛生士として働いている、同僚の菅谷、梅原と3人一緒に就職しました。

菅谷とは、私がセーラー服を着ていた頃からの顔見知りで、梅原とは、小学校からの同級生です。中学の頃一緒に軟式テニス部で汗を流した仲でした。

偶然で、本当にびっくりしました。

私は一度、出産子育ての為、野上歯科医院を退職しました。

7年8ヶ月歯科衛生士として思い切り仕事をしました。

歯科でやる事はやり尽くしたと思っていました。

なので、次に仕事をする時は、雑貨屋さんか花屋さん、絵本の好きな私には本屋さんがいいのかな、食べる事も料理する事も好きだし、レストランをやりたいなぁなんて考えていました。

そして、楽しんで子育てをしました。

子供は2人、現在27歳の息子と25歳の娘です。私より社会性のある2人で、私によくアドバイスをしてくれます。

子供達に、とにかくなんでも体験して欲しかったので、夏休みはお弁当を持っていろんなところに、ママ友親子と出かけました。

お祭りにも科学教室にもサワガニ取りにも出かけました。

子供が小さい頃からよくキャンプにもでかけました。我が家の子供達は旅館やホテルに泊まるより、どこに行くにもテントの中だったように思います。

キャンプはいつも3家族でワイワイと出かけます。たくさんの人の中にいる事が好きな私は、いつも友達と一緒に子育てをしていて楽しかったです。

そんな頃、歯科衛生士学校の友人から、歯科衛生士会に入らないかと誘われ、子供を育てながら歯科衛生士として学び働き始めました。

市町村の1歳半3歳児検診、高齢者事業、障害者施設訪問、学校歯科、企業歯科検診、イベント。

息子や娘の通う幼稚園でも、ドラえもんのエプロンシアターをしたり歯磨き指導もしました。

どの事業も楽しかったし、歯科衛生士としての喜びも沢山ありました。

診療室では見えないものも見えました。

私は子供の母親でしたが、歯科衛生士でもいたかったのだなぁと思いました。

公衆衛生は10年をめどに結果が出ると言われています。歯や口の衛生指導をしても、結果が出るのは10年後。結果を感じながら仕事をしたい私は

子供が小学校高学年になる頃、公衆衛生を辞め診療室に戻ってきました。

母親として歯科衛生士として、両立していくのは結構大変でしたが、家族や友人が私を支えてくれました。

だから、私は長く歯科衛生士でいられたのだと思います。

宏明先生が院長になってから、野上歯科医院は大きく変わりました。

仕事も分業して、歯科衛生士は予防業務を中心とするようになりました。

自分で歯周病治療の方針を立て、患者さんと一緒に予防に取り組みます。

患者さんも基本的に担当制となりました。

一緒に歯周病治療を乗り越える事で、信頼関係も築く事ができました。

私の目標は「70歳まで歯科衛生士を続ける事」です。

その為に、歯の矯正治療をして咬み合わせを治して、サプリメントを摂って、フィットネスで全身調整して、運動して(運動は充分とは言えませんが…)元気な体を目指してます。

最近、少し自分に自信が持てるようになってきました。これは宏明先生から自分を大切にする事、自信を持つ事の大切さを教えられたからです。

自分を大切にしないと、人に貢献できない事もわかりました。

私のパワーの源は、周りの人や患者さんに喜んでいただける事です。

2月に行われた歯科衛生士セミナーの講師を終え、たくさんの方から、良かった、為になった、わかりやすかったという言葉をいただきました。

もちろん、娘や息子からも。

褒められてしまうと、もう、パワー全開です!

私が歯科衛生士として、乳幼児から学童、学生、社会人、高齢者と関わってきた事は、私の厚みとなっていると思います。

子育てと家事をしながら歯科衛生士を続けてきた事も、深さになっていると思います。

だらっとゆるっとする事も大好きな私ですが、歯科衛生士として何ができるのか、これからも、ワクワクしながら、考えていきたいと思います。