メディカルフィットネス BODY DESIGN
鍼灸師 運動指導士 運動実践指導者
<1,私が売っているものは?>
鍼や姿勢や呼吸などから楽な身体、健康的な動きやすい身体を作り
人生を楽しんでいただくためのお手伝いをすること。
鍼や灸を使っての深部の緊張の緩和など。
<2,その強みのメリットは?どんな悩みを解消できるか?>
施術を受けていただきながら、施術前の身体の感覚と施術後の身体の感覚を
感じていただくことを大切にしています。
良い感覚を覚えていただくことで、自分で体調を整えるコツであったり、
無理をしない限界を知っていただくきっかけになれたらと思います。
その場だけの痛みを取るだけでなく、身体の姿勢や動きの癖からくるであろう不調なども
伝えていけるように心掛けております。
<3,どこで育って、どの様な子供だったのか?>
群馬の高崎で育ちました。
高崎は群馬でも都会だと思っていたので学生の頃は高崎駅に行くのも緊張していたのを覚えてます。
高崎の夏は暑く、冬はからっ風でとても寒いです。
他県の友人に群馬県民なのでグンマーとからかわれることもありましたが、
富岡製糸場が世界遺産になって少し有名になりました。私も鼻が高いです
群馬育ちなので小さいころから上毛かるたを必ずさせられました。
群馬の大体の人は上毛かるたの上の句をいうと下の句を答えられるので
他県の友人から上の句を言われて反射的に下の句を答えてしまうこともありました。
のんびりと過ごした子供時代だと思います。
しかし、小さいころから小児ぜんそくで身体が弱く、風も良く引き、
強いヒーローに憧れた子供時代でした。
スポーツも苦手でしたが、スキーだけは毎年家族で行っていたので唯一得意なスポーツです。
最近は忙しくて行けないのが残念なところです。
<4,なぜ今の仕事をやろうと思ったのか?>
高校を卒業した時にやりたいこともなく、大学にも行く気が起きずに
1年間図書館にこもって本を読みふけっていた。
そして、一生の仕事にしていくなら人の役に立つ仕事にしようと思い、
医療の道を意識するようになりました。医療の道に進むにあたって、
予防医学に強い東洋医学に強い関心を持ち、鍼灸の道を志しました。
なぜ予防に意識を向けたのかというと、母が看護師をしていて、
小さい頃から母の職場に顔を出す機会があり、生きているのか死んでいるのかわからない人が
管に繋がれているのを良く目にして、「なんか違う」というような気持ちを子供心に感じていました。
<5,今までの仕事に挫折したことは?>
苦手なことも多く大変なことはありますが、先生たちやスタッフに方たちに
助けて頂いてとても感謝しています。
治療に関しては、改善できる人と出来ない人がいて、助けられない苦しさはあった。
しかし、そのおかげで身体をトータル的に見ていく事の大切さを知った。
患者さんが喜んでいただいたときの言葉と笑顔はとてもうれしいし、
先生達の励ましもとても力になります。
<6,将来どのようになっていきたい。患者さんにしてあげたいことは?>
身体を整えるだけでなく、身体の使い方も教えていけるようになりたい。
介護などで身体を壊された患者さんも診ているので、身体を壊さない使い方も
伝えていきたいと思っております。
一番の医療は未病治だと思っています。
悪くなる前に、伝え、治す治療技術、生活を改めていけるきっかけをしっかりと作っていきたい。
身体が変わることで、楽しむことや、出来る事が増えることを知っていただきたい。
まだまだ学ぶことは多いですが皆様のお手伝いをしていけますように精進してまいります。